脱サラ☆アラサー女子のJourney to Jeweler

駆け出しジュエラーの成長記録

ニューヨーク留学中に山田詠美を読んで考えること。

作家・山田詠美さんといえば

ニューヨークを舞台にした

日本人女性とニューヨーカーとの恋愛小説でしょう。

 

※ニューヨーカーというか

より具体的には黒人、中でもアフリカンアメリカンかと思います。

一言で黒人といっても、

アフリカンアメリカン、ウエストインディアン、

アングロサクソンとのmixなど

とにかく色んな人種があり、

それぞれに悲しい歴史や誇りがあるというのも

アメリカにきて生活の中で実感したことです。

黒人と総じてしまえば簡単なのですが

差別用語と感じる人もいるのでなるべく使いたくなく、

それに変わる適切な言葉、

私たちでいうとアジア人やオリエンタルのような言葉があると

こういったバックグラウンドがはっきりしない時に

便利なのにと思いつつ、見つからずにいます。

で、結局ニューヨーカーという言葉に一旦逃げました。

引き続き考えます。

 

 

山田詠美さんとの出会いは

小学校高学年に母からすすめられて読んだ

『ぼくは勉強ができない』です。

割と勉強ができる方だった私でしたが

主人公・秀美君の

「勉強よりも素敵で大切なことがいっぱいあると思うんだ」

という、当時の自分には

全く新しい価値観が

この小説を通じてガシガシ入り込んできて

山田詠美さんがとても好きになりました。

 

本によって新しい自分になるという体験は

あれが初めてでした。

小学校高学年にこの小説をすすめる

自分のオカンのセンスも、

ロックでまじイケてんな、と

今なら思います。笑

ぼくは勉強ができない (新潮文庫)

ぼくは勉強ができない (新潮文庫)

 

 

秀美君と出逢って以来、

山田詠美本を読み漁りましたが、

彼女の作品の中で、

ニューヨークを舞台にした恋愛小説には

いまいちピンとこず避けていました。

 

ですが、先日、ニューヨークのブックオフで

『ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー』を見つけて

ニューヨーク留学中の今なら、

実感を持って読むことができるのではないかと思い

チャレンジしたところ、これが大当たりでした。

立て続けに『トラッシュ』を先ほど読破、

感性と思考がギュインギュインしています。

今日は山田詠美さんのお力を借りて

久々長編ブログを書きたいと思います。

 

ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー (幻冬舎文庫)

ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー (幻冬舎文庫)

 

 

トラッシュ (文春文庫)

トラッシュ (文春文庫)

 

 

ピンとこなかった小説がピンとくるようになった、

そのことで、

またひとつ壁を破って

新しい世界を見ることができた自分に気づいて、

今とても嬉しいです。

 

小説や映画、音楽など

芸術をより味わうには

当事者になる経験を増やすことだと思っています。

 

 例えば、『トラッシュ』の一節で以下の情景描写があります。

 

十四丁目の人混みから電話をかけて

三番街をダウンタウンの方向に下り始めた。

 

主人公が初めて

恋した人の家を訪ねるシーンなのですが

日本にいたままでこの文章を読んでも

単なる場所移動の説明にしか見えなかったはず。

 

ですが、この街に住んで

土地勘を得たことで

この“十四丁目”というソト感のある場所から

“三番街を下る”という行動によって

よりプライベートなエリアへと

移動していることがイメージでき

彼女たちがより深い関係へ

一歩踏み出したんだ、ということを

感じることができたんです。

 

色んな場所に身を置いて

色んな体験をして

色んな想いを感じれば

芸術の中に、

共感できることが

増えていきます。

 

それが「感性を磨く」ということなのかなと思います。

 

若い頃は、内向的で弱虫で

ステレオタイプでした。

そんな自分が自分で作った檻、

自分で決めた限界を

自分で壊して新しい世界をみる。

広がっていく美しい景色に感動する。

新しい自分に逢う。

自分でちゃんと壊したことを褒めてあげる。

 

それが自分にとっての人生の醍醐味なのです。

 

そういう視点で考えると

ネガティブな体験も

人生にとっては重要な意味があります。

 

特にマイノリティになる経験はとても大事。

つくづく人は、

自分が差別する側の時は

差別の存在に気づけない、

自分が差別される側になって

初めてその存在に気づくのだと感じます。

(私は性差別には敏感でしたが

    人種差別には無頓着でした。

 自戒を込めて・・・)

 

悲しい体験は多い方が

優しい人になれる。

所属を選べるのであれば

マジョリティよりマイノリティを選びたい。

優しい人になるために。

 

余談ですが、自分の身に迫る感覚がした小説を

人生で少しずつ集めていって、

自分の本棚を作って

晩年、一冊ずつ読みながら

当時の鮮やかな気持ちを思い出して

いい人生だったな〜と

陽だまりの部屋で思い返せたら幸せそうだなぁ。

(物理的に目の前に並ぶと実感が湧くから

やっぱり紙の本好きだなぁ)

 

おばあちゃんになってもガチャガチャしていて

そんな余裕ない日々を送っているかもしれませんが。笑

 

これからも感性を磨いて

自分の世界を広げていきたいと思います。

 

 

 

と表向きの文章はここまで!笑

以下はトラッシュを読んでの

自分の思考のメモです。

読みづらいと思うので、

すっ飛ばしちゃってください。笑

 

↓↓

 

不幸は意外にも近くに、

自分が歩いているところのすぐ足元に

ぽっかり穴として、あいていて、

その気がないのに落ちてしまう可能性は

誰にでも十分にある。

 

だから私は自分を幸せにすることに手を抜かない。

 

それは嫌なことを我慢してやるのとは違って、

自分の心の声に耳を傾けて、

心がやりたいと言っていることに、

優先順位をつけて、

優先度が高いものはぜったい実現する、

低いものは諦める覚悟をする、

そういうタイプの努力。

 

例えば、すごく好きだけど、

自分のことを望むように扱ってくれない

パートナーがいるとする。

 

彼のことが好きだから、

一緒にいることを選んで

願う扱いを受けることを諦めるのか

 

気持ちよく毎日を過ごすことが大切だから

好きな人から離れて

新しいひとを探すのか

 

どちらが正しい、ということはなく

どちらを自分がやりたいか、ということが大事。

 

それを決めずに、

だらだら愚痴を言う中途半端な生き方はしたくないと思う。

もちろん、決められない期間はある。

考えるのに時間は必要だ。

ダメなのは考えるのを放棄して、

自分を誤魔化すこと。

短期的には楽だけど

いつか致命的な傷となって、

取り返しがつかなくなる。

 

上記の例の場合、

相手が変わってくれることを待つ、

相手が変わってくれるよう努力する、

と言う人もいると思う。

現時点での自分には

それは不可能なことのように思える。

自分が変えられるのは自分だけ。

でも長期的に関係性を築くには

相手を変える努力、スキルを

身につけることも必要なのだろうか。

これは今後の検証課題。

 

自分の心の声に従うと

他人を傷つけてしまうことももちろんあって、

そのことで自分も傷つくけれど

それも引き受ける覚悟を持っていたいと思う。

 

少し前までの自分は

随分と他人の声というノイズに

影響をうけてダメダメだった。

 

ニューヨークという、

誰が何してても、気にしない街は

自分の心の声をきくトレーニングをするのに

すごくいい環境だ。

私は留学で色んなことを学んでいる。